飼葉おけの中に《ルカ 2:8-20》(1983 説教要旨・週報・クリスマス礼拝)

1983年12月25日、降誕日、クリスマス礼拝、
礼拝出席219名(洗礼式、聖餐式)、午後愛餐会130名
前日讃美礼拝パンフレット

(牧会25年、神戸教会牧師6年目、健作さん50歳)

ルカ 2:8-20、説教題「飼葉おけの中に」岩井健作

”あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられたしるしである。”(ルカ 2:12、口語訳)


 イエスの誕生について、ルカ福音書は次のように書き始めています。

 ”そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。”(ルカ 2:1)

 アウグストとは、カエサルが紀元前44年に「ブルータスお前もか」という言葉を最後に暗殺された後、ローマの混乱と危機とをよく克服して国を平定し、初代ローマ皇帝になった人物です。

 皇帝アウグストによる”人口調査”が徴兵と課税のためのものであってみれば、統治者が手をつける最初の仕事であったに違いありません。

 属領ユダヤでは後々”人口調査”に対して熱心党(ゼーロータイ)などによる民族的抵抗運動があったそうですが、当然のことでありましょう。

 しかし、それも弾圧されました。

 ”人口調査”が意味するものを我が国の歴史に置き換えてみると「富国強兵」をモットーとした近代日本の歴史が思い起こされます。

 朝鮮半島支配に対しては「三・一独立運動」がありましたが、弾圧されるところもよく似た話です。


 イエスの誕生は”人口調査”のための旅先の出来事でした。

 皆が余儀なくされた事態の中で、賢く立ち振るまう人たちはいつの時代にもいますが、身重な妻を抱えたヨセフはそうもいかず、結局は宿すら確保出来ないという有り様でした。

 ”人口調査”に象徴される体制の枠組みの中に、機敏に自分の居場所を見つけていくのが普通の生き方だとすれば、必ずしも居心地の良い場が確保できるとは限らないのが、世の中です。

 「誕生」という事柄に、人の世として当然配慮されて良い居場所すらないという不安な状態の象徴が「飼葉おけの中」の意味する所であるとするなら、”人口調査”と「飼葉おけ」は対極を示しています。


 私たちは、自分の居場所がないという時、ひどく不安定です。

 そうした不安な関係の中では、個性は発揮できず、アイデンティティー(自分自身らしさ)すら失われがちです。

 だから教育者は、褒めることを通して人を育てよ、と申します。

 しかし、私たちの現実は、居心地の悪い所で、個性を持ち、自分自身であり続けなければならない時があります。

 その時「神がわれらと共にいます」ということは大きな力です。

 神が、あの居心地の悪い「飼葉おけの中に」幼な子を徴(しるし)として、いまし給うということは、不思議と、孤独なそして不安な私たちの心を慰め励まします。

 そしてまた、少々温かみを覚えて自分の座布団に居座り始めた時、動きの取れない不自由さから私たちを解き放って自由にして下さる方として「飼葉おけの中に」イエスは生まれ給うたのではないでしょうか。

 そこには、不安や居心地の悪さの中に在り続ける者に垣間見ることの許された「救い」があります。

(1983年12月25日 クリスマス礼拝 説教要旨 岩井健作)


1983年 週報

1983年 説教

error: Content is protected !!