牧会祈祷(1981年12月)

1981年12月27日 神戸教会礼拝
「牧会祈祷」原稿

(神戸教会牧師4年、健作さん48歳)

 我らの主、イエスの父なる神

 今、わたしたちは1981年の年の終わりの日曜日を迎えました。来し方を振り返りつつ、主日礼拝を守らんとしています。今日までに加えられた恵みを覚え、感謝いたします。相集いし者のあなたへの懺悔、信仰の告白、讃美そして献身をもっての心からなる礼拝を終わりまで守ることができるように導いて下さい。

 父なる神、先週は主イエスのご降誕を祝うクリスマス礼拝を守り、3名の姉妹の洗礼を恵みのうちに執りおこない祝し、2名の入会者を教会の群れにお加え下さったことを感謝いたします。私たちも兄弟姉妹の信仰の決心と共に新しい思いで信仰の道を歩むものとならせて下さい。

 24日夜には、聖歌隊の奉仕を中心とした讃美礼拝を恵み豊かに守ることができて感謝いたします。たくさんの兄弟姉妹が集い、主イエスの誕生を祝い喜びました。我らの主を、消えることないとこ世の光として、喜び祝うことができたことを感謝いたします。どうか、一人一人が主イエスを心の灯火(ともしび)としていくことができますようにお導き下さい。特に、闇の世にキリストの証しの火として立つ者として金大中氏を憶えますが、どうかその生命をお守り下さい。

 父なる神、年の終わりにあたり、私たちの国や社会の歩み、教団や私たちの教会の歩み、また私たち個人の公私にわたる生活の歩みを振り返り、与えられた恵みを深く感謝いたします。しかし、世界は本当に苦しみに満ちた問題を抱えたままこの年を終わろうとしています。ポーランドの人たちに心を馳せます。政治の力学の谷間で余儀なくされ逃れることのできない苦難をどうか省みて下さい。カンボジアの難民のことを憶えます。どうか御国を地上に来らせて下さい。そして私たちがそのことを聞きつつ知りつつ、関わらず過ごしゆく多くの過ちを憶えます。もし厳しくあなたのみ前に問われるならば、誰ひとり審きの前に立つことはできません。どうか赦しのうちに留まることを得させて下さい。特に私たちの生き方のうち、気づかないうちにたくさんの差別をしていることについては、特に懺悔をします。どうか差別と闘っていく、心のうちの戦い、社会での戦いの場に自分を置くことができますように。

 今日、講壇に立ち、みことばのときあかしをする器、飯謙伝道師の上に、特に上よりの御霊の力を豊かに注いで下さいますように。また聴く会衆われら一同の上に、みことばを聴く心の耳を強めて下さい。

 教会の肢のうち、病める兄弟、老いている兄弟姉妹、遠くの地にいる者、務めのために礼拝に出られない者、どうか一人一人に厚い省みを賜りますように。

 この祈りを主イエス•キリストのみ名によってお捧げします。アーメン。

(1981年12月27日 神戸教会礼拝「牧会祈祷」岩井健作)



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