戦争と宗教 − 日本基督教団は過去どうであったのか、今どうなのか(2005 平和聖日)

2005.8.7、平和聖日 神奈川教区 溝ノ口教会礼拝後の講演

(明治学院教会牧師 健作さん72歳)

1.「戦争」を巡っての「宗教」の関わりを「15年戦争」にみる。
(1931柳条湖事件から1945降伏まで、満州事変、日中戦争、太平洋戦争) 

 ① 戦争遂行者 
 ② 積極的協力 
 ③ 消極的協力 
 ④ 体制への組み込まれ 
 ⑤ 消極的反対 
 ⑥ 積極的反対 
 ⑦ 戦争被害者

1−1.靖国神社(国家神道)は戦争の遂行者(近代日本の戦争は正戦であったとする歴史観を遊就館の展示で表現)。戦死者の顕彰が一貫する。

1−2.仏教、キリスト教の主流は積極的協力者であった。

 仏教は、1940年10月、真宗大谷派の戦時教学研究会が「阿弥陀仏の信仰は絶対の道、天皇帰一の臣民の道に包摂せられるもの」と宣言。

 基督教は『教団』成立時宣言文に「我ら基督教教徒であると同時に日本臣民であり、皇国に忠誠を尽くすをもって第一とする」と明記。

1−3.日本のキリスト者の遺産
 キリスト者が日本の知識人階級の一翼をになってきた歴史は大事。(知識人とは知ろうとすれば知ることの出来る人。加藤周一『戦争と知識人』1959「著作集」第7巻)。

 宗教者は第一級の知識人である必要がある。学んでみたい人、身近に出会った人、もっと調べてみたいと思う人をあげておきたい(順不同。阿波根昌鴻、高倉徹、鈴木正久、内村鑑三、矢内原忠雄、河井道、矢嶋楫子、菅野スガ、柏木義円、竹久夢二、小磯良平、ユン東柱、小野村林蔵、住谷悦治{教え子土岐まもるへの出征時の言葉、コヘレト7:17を引用のエピソ−ド、愚かすぎるな/どうして時も来ないのに死んでよかろう}、渡部良三{『歌集小さき抵抗』シャローム図書 1999,[反戦をいのちの限り闘わむこころを述ぶる父の面しずか][鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ「虐殺こばめ命をかけよ」]}、金城重明{沖縄戦「集団死」経験者、沖縄タイムス 2005/6/20})。

2.日本基督教団とは

 1941年、日本におけるプロテスタント系30余派、2300余の教会が、1939年に公布された宗教団体法(戦時体制に宗教を国家協力させるための法律)に基づき(契機として)合同して成立した合同教会(土肥昭夫『歴史の証言 − 日本プロテスタント・キリスト教史より』教文館 2004)に詳しい。また『日本基督教団史資料集』(全5巻 1997-2001年、教団出版局)がある)。

2−1.教団の戦時目標への協力の諸活動(前記第2巻に詳しい)

「日本基督教団戦時布教指針」「東京教区の国民義勇隊結成」「靖国の英霊」(1944.4.11 日本基督教新報。高橋哲哉氏が『靖国問題』2005/4引用。靖国の「血」とヘブル9:14のキリストの血とを結び付けた文書)

「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書簡」(1944.4 イースター、宣撫工作文。鈴木正久氏が「戦責告白」をこの文書の償いとして発表の季節を合わせた経緯がある。)

3.戦後教団の再発足
 1945年、宗教法人令により、離脱した教派が多数在った後も一つの『教団』として戦後の再出発。教団指導者の戦争協力の免責(米国占領軍の戦後政策は天皇の戦争責任は問わない。この方針との関連の中で、基督教を戦後日本の支配政策に利用されることとなった)。

 青年教職による「福音同志会」の戦時下議員の交替要求(1946.3)は実らず。主流ではなかった。敗戦以後、根本的反省を経ないまま、キリスト教ブーム、教勢の拡大志向 −新日本建設キリスト運動の展開。1951年「旧日本基督教会」の離脱問題を契機に「教団信仰告白」を制定(1954)。

 1950年代の伝道の停滞と行き詰まりから方策の反省、社会大衆への伝道を模索。

 1956年、宣教百年第二次計画案「社会大衆への福音の浸透」可決。
 朝鮮戦争(1950)を契機とするキリスト者平和運動(1951)。
 宣教理解の反省。クレーマー協議会(1960)。
 教団宣教基本方策(1961、体質改善論)。

『「宣教とは何か。a.……和解のみわざをなされることに信頼をもち、わたしたちの隣人に対して人格関係を挑むこと。……b.従って宣教は、この世の現実のなかで、隣人と生活を共にし、重荷と弱さを共にしのび、世の罪とキリストによる神の国の希望に対して連帯責任を負う生活の中で遂行されます。……言葉による宣教はこのことと結びついて、その威力を発揮するのであります。」 
(『日本基督教団史資料集第五篇』pp.187ff.)。「社会活動基本方針」1966。「隣人と共に生きる」という宣教論(福音理解)をより根底的なベースにした(例えば宣教委員会を伝道、教育、社会委員会やその他の個別問題の働きの総合的立場にすえてきた)。

4.「第二次大戦下における日本基督教団の責任に付いての告白」(以下「戦責告白」)が公にされた経緯。

4−1.1966年8月29日〜9月3日、第17回夏期教師講習会、若手教職から「戦時下の教団の争責任を明らかにすべき」提言。その折、沖縄キリスト教団の山里勝一氏が参加。「アジアへの戦争責任を懺悔するなら、沖縄への責任はどのように扱うのか」を問題提起。沖縄キリスト教団との合同を推進すべき研究会を発足させる(鈴木)。第14回総会に向けて「戦責告白」を建議しようということになり講習会運営委員・渡辺泉、岩井健作、山岡善郎、大塩清之助、内藤協、及び鈴木正久にゆだねた。同年10月建議8号(戦責告白を公にする件)、建議9号(沖教団との関係につき研究開始)が共に常議員会付託となる。

4−2.1967年、第3回常議員会にて鈴木正久議長名の「戦責告白」を賛成19反対02で可決。1967年3月26日、復活節に発表。韓国、台湾、フィリピンなどアジアの諸教会から積極的評価あり。「教団信仰告白」の非状況性を補うものと若手教職・信徒から支持。

5.「戦責告白」への反発と支持。二つの流れ

5−1.「教団の現状を憂い鈴木議長に要望する書」(1967年5月、湯川文人以下26名)等の論点、(戦時下の教会は政府の圧迫で苦闘した。当時の歴史意識で考えよ。一般社会の政治潮流に乗じ過ぎ。太平洋戦争の真相は分析が必要。教団成立が過ちとは今になって無責任。戦争の前提となる国家の過度の単純化を慎め。教会の責任問題は福音の保持のみ。第3回総会宣言文への議長の態度が悪い。手続きが悪い)。

5−2.社会委員長会議(1967年7月13日)「日本基督教団社会活動基本方針」(14回総会可決。教会がこの世の支配に服した過ちを悔い改め、置かれた状況で信仰の告白がなされなかったことを自覚しないと、今日における使命に於て再び過ちを犯す。)

5−3.常議員会は「5人委員会(北森嘉蔵、秋山憲兄、菊池吉弥、木村友己、佐伯検)」を設置、「賛否両論の善後処置、反対者を含め牧会的配慮の必要」に当たらせる。

5−4.「5人委員会答申」(1967年9月11日)(「信仰告白と「戦責告白文」との関係を、聖書と宗教改革との伝統に従い「信仰と行為」と理解する。告白文が扱っているのいは「行為(生き方)」の問題。福音主義教会は「信仰」以外の問題で分裂することは許されない。教団成立は「神の摂理(あがないとしての罪の許し)」。教団成立の歴史的現実は宗教団体法を「契機」としている。「過ちがあったとすれば信仰告白の制定が未解決であったこと」。「戦争協力はキリスト予言者、王、祭司の3職位から見る必要あり。国家への協力は祭司職からの「とりなしの連帯化」であり、それはまたただちに予言者的見張りの役目へ展開される、この見張りに怠りがあった」「『憂慮すべき方向に過ちを繰り返さないは』教会の政治的一元化ではないかとの問いに対しては「地の塩」として基本の「平和と民主主義」では一致、複数の諸方策には「審議会」方式で超える。」「議長の言説。慎重を要望する」)。

5−5.その後、幾つかの問いに「委員長の総括的お答え」(1968年2月3日)が出る。竹中正夫氏の「社会行動派」「教会主義派」の指摘(キリ新)は重大であるから、教団はこの問題を正しく解決しなければならない。

 教団は、戦時下の合同時「教義の大要」で誤りなく教義的信仰を掲げ、同時に「皇運を扶翼する」と戦争協力をした。やっとその反省である「戦責告白」を表明した。「戦争協力の罪にもかかわらず、教団の成立と存続に働く神の摂理を告白」さらにその「戦争協力を過ちと罪として懺悔告白」した。これは「歴史に生きる教会」への微かな接点であった。

 しかし、5人委員会は「信仰告白」においては微動だにしない教会を是認して「戦責告白」を骨抜きにした。1970年以降、戦責告白路線と信仰告白路線との対立が生まれ、教団政治的に「福音主義連合」が結成され、「五人委員会」答申の基本線で教団の改革【万博キリスト教館建設に反対する運動(1969年)。教団への問題提起。教師検定。会議制。教団総会の休会17回(1973年)】の封じ込めが起こされた。信条主義(信条ファンダメンタリズム)、教会主義が教団政治的には主流となり、それが非状況的伝道論優先の運動を教団内に生んだ。そして時を経て現時点での教団執行部は(歴史的には教会政治的靭帯でしかなかった)「1954年 教団信仰告白」制定50年として総会で掲げ、「歴史に生る教会」の道を後退させた。

6.「共に生きる」という宣教論的教会への模索

 教会の共同性を「信仰告白」という「言葉」の観念的一致にのみ求めた場合の弊害。キリスト教教義、イエス・キリストの啓示・贖罪の出来事への決断に「言葉」の出来事を集中させるために、決断を迫られ促される人間の生存への抽象化を起こす。言葉(信仰告白的事態)による決断は、生存の状況への肉化(歴史的・宣教的事態)と相関的であることを失うならば、宗教(福音)の観念化は免れない。

 開かれた聖書理解、開かれた宣教論(被差別者・被抑圧者との連帯、反権力、反天皇制、靖国、性差別、沖縄)の方向の言葉化が「信仰告白」であり、この順序は逆ではない。「教会派」「社会派」のレッテル貼りを先行させてはならない。個別課題の宣教が大事にされねばならない(「靖国・天皇制情報センタ−」「性差別問題委員会」の存続否決33-34回総会は遺憾)。

7.現在の「戦争」の意味の変化

 米国主導の軍事・経済・政治のグローバリゼーション。先制攻撃、メディア・軍事翼賛体制、新自由主義経済による臆面なき再開発(gentrification:ジェントリフィケーション)、軍事文化の普遍化。住民(レジデンツ)の管理体制、科学の軍事技術化。「日米安保」体制強化としての軍事化(基地の恒久化、新ガイドライン、有事法整備、自衛隊の海外派兵)、軍事化を下支えするナショナリズムの高揚、メディアの自己規制、住民の国家管理(住基ネット、個人情報保護法等)。教育の管理(選別教育、愛国心の強要・教基法改悪)。憲法の改悪。これらを見据えた、信仰者の主体の確立の必要、それを支える教会の礼拝、祈り、交わり、活動の大切さ。