民衆の暦を刻む(2007 断片)

2007.12.16 発表誌不明

明治学院教会牧師 74歳

 暦をどう考えるかは、その人の価値観・歴史認識によります。かつて、民衆は天皇家の祭りを祝日とする暦を守らされました。「紀元節」「天長節」。それは今でも「建国記念の日」「昭和の日」と名を変えて暦を支配しています。天皇制国家支配を日常意識の中にまで徹底させるのは「元号法」です。それは「日の丸・君が代」の強制と組み合わされています。命を賭けた反撃が心ある教師方によって闘われていることはどんなに尊いことでしょうか。2月11日(建国記念日)を逆手に取った各地の行動は民衆の暦の一コマです。では、元号に対して西暦を用いれば問題はないかと言えば、これはキリストの誕生を元年とする暦であって決して普遍化できません。太陰暦を用いるイスラム暦は別な歴史理解を持っています。だから西暦が共通暦として用られるとしても、相対化する意識なくしては、その思考は危ういものです。

1973年に『市民の暦』(朝日新聞社、小田実、鶴見俊輔、吉川勇一編)が出版されています。「今日は何の日」の感覚で367人の執筆者が約3000項目を綴って、365日の暦を作りました。眺めているだけで結構面白い書物です。それは支配者の側の暦を徹底して廃して、失われてはならない人間の尊厳の根源を探り、闘いぬいた人々(ピープル)、市民、人民、民衆、の記憶の集積の暦だからです。亡き小田実氏は「1月28日」を「ベトナム人民の歴史的勝利」と題し「力をもつ側がその力にまかせ手まえ勝手につくり上げた状況にガマンがならなくて、そこにむかってたち上がり、たたかう」人々の日として暦に入れました。

 私は神奈川に住んでいます。沖縄に継ぐ米軍軍事基地県です。沖縄に繋るにはここの闘いは避けて通れません。12月19日、神奈川の座間基地に米軍再編の一環で「第一軍団前方司令部」が発足します。発足式に座間・相模原市長は、反対する市民の意志を汲んで欠席でした。それに先立って、15日、反対の意思表示のデモが行われ、私も歩行の列の一隅にいました。その行動はここ2年、座間基地の門前のバス停で「司令部は座間に来るな」を叫び、毎週1回座り込みを続けている数人の女性たちの「バス・ストップから基地ストップの会」の呼び掛けで行われました。それに「基地撤去をめざす県央会議」「神奈川県労働組合共闘会議」など大きな団体、その他幾つもの会が呼応しての行動でした。運動のスタイルが、小さなグループの意志を、大きな力で包み支えるという点で新鮮でした。こんな日は「民衆の」暦に記憶しておきたいなと思いました。沖縄の11万6千人の怒りの行動、岩国の錦帯橋河原の1万余の行動は勿論。「百万」の、各地の街頭で、基地門前で夜を徹しての行動を記憶にとどめ、今年の闘いを一つも洩らさず暦にしてゆこうではありませんか。

 力をもつものが、戦争への道をすすみ、あらゆる格差を広げ、ワーキングプア、弱い者を踏みにじることにガマンができません。