書評『地べたの神 − 現代の<低み>からの福音』(2005 書評)

2005.8.8執筆、発表媒体不明

渡辺英俊(日本基督教団なか伝道所牧師)著、新教出版社 2005年発行

(前神戸教会牧師、前川和教会代務牧師、健作さん72歳)

「『ことば』は『からだ』で語るもの」という書き出しでこの本は始まる。「からだ」をはって渡辺英俊さんが「貧しい人々と共に福音にあずかる」と、現代の収奪と抑圧のもっとも激しい地区で伝道所を始めてから19年になる。

 1995年までの出来事はすでに『片隅が天である − 現代への使信』として出版された。今回はその後約10年間の、かの地からのメッセージを伝える彼の8冊目の著作である。

 伝道所は中村橋から、寿地区という寄せ場のど真ん中に移った。時代も米国一極の政治・軍事・資本のグローバル化が極度に先鋭化する中、出稼ぎ外国人労働者の惨状も一層すすんだ。だが、昼夜を分かたない奔走と行動で支援体制も大きく成長した。朝日新聞は社説で「移住労働者と連帯する全国ネットワーク」の働きを評価する(本書 p.170)。その間個人的には自分の晩年の予示を感得しつつご尊父の最晩年の介護と看取りという人生の大仕事も背負われた。


「齢九十寡黙となりし人逝きて男の畢(をわ)りを思ふ折りふし」


 本書は渡辺さんの円熟した闘いの記録である。私ははからずも彼に誘われて昨年ブラジルに「解放の神学」の草の根の実態を尋ねる旅に同道した(本書 p.224)。彼のたたずまいに在野の神学徒、意志堅固な人権運動家、感性豊かな歌人のおもむきを覚え感動した。

 イエス以後原始キリスト教体制の思想や神学が堆積した聖書の実態を、現代聖書学の方法を駆使して、大胆に読み解いてゆく31編の「使信」は、いわゆる「説教」に相当するものだが、どきりとする斬新さに満ちている。

 例えば『マリヤの子イエス』、それは出生の秘密だという。軍の占領下で女性を襲った苦難は義父のヨセフの愛情もカバーしきれない痛みであり、それゆえにイエスは最下層で差別された人々の痛みを受け止めることができたと。そしてその「使信」の後にその時々の身辺を煎じ詰めた記録がコラムのように囲いで語られる。実に行動的な人だ。国内もさる事ながら諸外国の運動との連帯に飛び歩き、国会で議員へのロビー活動をし、行路病者に祈りつつとことん付き合い、会議、幾つかの大学の講義、集会の講演に立つ。その都度の作歌の彩りが状況を和ませる。私を含めて「住宅街の教会」に足を付けっ放しのものは、読んで啓発される事の多い書物だ。横浜の高齢者用市営住宅に住まう。


「この次の引越しはどちらかが天国とテーブルにゐる妻に茶を注ぐ」


 夫人に祝福あれ。

「ことば」は「からだ」で語るもの

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