引用・書評『敬虔なるリベラリスト ー 岩井文男の思想と生涯』竹中正夫(1984 書評)

「本のひろば」1984年11月号(一般財団法人キリスト教文書センター) 所収、
書評:『敬虔なるリベラリスト ー 岩井文男の思想と生涯』
(新島学園女子短期大学 新島文化研究所編 新教出版社 1984)

 新島学園長・岩井文男(1902-1983)は、走るべき道程を走り尽くした旅人のように、昨年8月12日永眠した。

 社会的基督教の運動に触発されて、田辺や岐阜の農村に入り込んでの開拓伝道、教団の主事をも兼ねた永福町時代、若い学生たちと共に励んだ同志社大学の宗教部長や学生部長時代、それと並行して担当した丹波における教会、どの一つをとっても岩井文男の面目躍如である。

 彼はそれらの経験を生かして、最後の23年(1961-1983)を郷里の新島学園のために全力投球をした。

 晩年、女子短期大学設立のため奔走、その開校を見、後事を高道基学長に託して召されていった。

 彼は、還暦まで人生の一回りを、困難な開拓伝道や、煩雑な補佐的仕事を着実にこなし、還暦後の23年間は、学園の長として、それまでの経験を生かして、よきチーム•ワークを作って、新島学園の発展のために全身全霊を捧げた。

 たれしも故郷に錦を飾ることが日本人の願いであるとするなら、郷里に戻って、その子女の育成のために晩年を全力投球して天に召された人は幸いな人であったといえよう。


 岩井文男(本書では歴史的人物として扱うため敬称を略しているので私もそれに倣うことにした)の設立した《新島学園女子短期大学 新島文化研究所(所長・高道基)》の編集によって出版され、同主任・原誠が編集、年表、解題を担当して、研究所の初仕事として世に送っている。

 本書は二つに分けられ、前半は、岩井文男の思想として、① 説教(7篇)、② 論文(6篇)、③ 回想(4篇)の直筆による文章が収められている。

 これらは彼の生涯の一コマ一コマの闘いの中で綴られた文章であり、人々の感動を呼び起こすものである。

 説教の中にある「信仰告白」は、1940年10月、霊南南坂教会で開かれた按手礼式で読まれたもので、私は15歳の少年であったが、それを聴いた晩の感動を今も忘れることが出来ない。

 今活字にして再読するとき、この文章は彼の生涯の原点になっているように思った。


 1941年、旧組合教会の中学生の連合組織である《地之塩会》の修養会が葉山レーシー館で開かれた。

 岩村信二、大中恩などに加わって私も出席した。

 指導者は平山照次、中村愈、伊藤昌義、中森新喜知などの組合教会の青年教役者たちで、そのリーダーが岩井文男であった。

 開会礼拝で岩井はイサクを献げたアブラハムの信仰について語った。

 そのとき山本有三の「こぶ」の話をされたのが妙に印象に残っている。

 「アーブラハム」と”ア”のところにアクセントを入れて、あの長身をさらに背伸びするようにして語りかけられた姿を想起する。

 あの説教はたしか岩井の「おはこ」の一つであった。

 あの様な説教がもう少し入っていたらと思う。


 「回想」として出てくる4篇「同志社大学法学部時代」「同志社労働ミッション」「同志社神学部入学」「日本基督教団成立の前後」は何れも貴重な記録である。

 とりわけ教団設立当初の第3部の事務所で、今泉真幸会長をめぐる想い出話は興味深く、談論活潑のなかに暖かい思いやりを込めていた岩井文男の姿を髣髴(ほうふつ)とさせている。


 本書の後半は、岩井文男の生涯を5つの時期に分けて、それぞれふさわしい執筆者たちが担当している。

 すなわち、① 「社会的基督教」運動から農村へ(武邦保)、② 神学生時代と東京の開拓伝道(棟方文雄)、③ 戦後の農村へ(三品進)、④ 同志社大学時代(笠原芳光)、⑤ 上州の地で(新藤二郎)とそれぞれ充実した叙述がなされており、岩井文男の辿った道が刻まれている。


 一つだけ注文を述べさせていただくと、幼少時代、特に彼を生んだ上州の風土、彼の家庭や育った環境などについての一章が設けられていたなら、最後の「上州の地で」と結びついて、フル•サークルとなっていたに違いないということである。

 岩井は、永福町教会の牧師就任にあたって、「良き牧師たるの資格は、その八、九分まで先天的素質に依頼する」(32頁)と言っているが、彼は天与の賜物を持っていたし、生まれ育った自然的、精神的風土が彼の幼少年期の性格形成に影響を与えたところが少なくなかったと思う。

 これは、先に述べた説教集の編纂と共に、今後の研究所の研究課題であるかもしれない。

 なお、本書のジャケットの装画には建築家として活躍中の岩井要氏によって「坂祝教会発祥の家」が描かれ、また8頁に渡るグラビア写真は、神戸教会牧師・岩井健作氏が古いアルバムから選んで解説を付しておられる。

 こうした親しい人たちの心くばりは、本書を一層暖かい作品としている。




宗教部 笠原芳光(1984 引用-1)

神学部と人文科学研究所 笠原芳光(1984 引用-2)

「戦後の農村へ ー 僕らの村の使徒行伝」三品進(1984 引用 )

引用「昭和史に生きた痛快な軌道」井上喜雄(1984 書評・引用)

項目 ”岩井文男”(『日本キリスト教歴史大事典』)

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