何事にも時がある − 宗教と宗教性の違い(2010 聖書の集い 5)

「旧約聖書コヘレトの言葉から」(5)

2010.12.1、第5回「現代社会に生きる聖書の言葉」湘南とつかYMCA

(健作さん 77歳、明治学院教会牧師)

コヘレトの言葉 3章1節〜11節


1、コヘレト3章は人生の28場面の時をあげる。半分の14は人が肯定的に捉える出来事の時。半分の14は人が否定的に捉える出来事の時。28は7の4倍で古来全体性と完全性を表すとされてきた。人生の出来事や日常経験を最大限に収めようとしている。イスラエル民族が歴史の渦中で体得した経験が凝縮されたものであろう。この凝縮の中には神のイメ−ジが含まれている。それを幾つかに纏めてみる。

 (1)務めをお与えになる神。
    「神が人の子らにお与えになった務めを見極めた」(3:10)

(2)幸福を見守る神。「最も幸福なのは、喜び楽しんで一生を送ること」(3:12)

 (3)永遠の神。「永遠を思う心を人に与えられる」(3:11)

 (4)畏れを求める神。「神は人間が神を畏れるように定めされた」(3:14)

 (5)迫害される者の神。「追いやられてものを、神は尋ね求められる」(3:15)

 (6)裁きの神。「正義を行う人も悪人も神は裁かれる」(3:17)

 (7)時(時宜)を司る神。「神のなされることは皆その時にかなって美しい。それでもなお、……人は神のなされるわざを初めから終わりまで見きわめることはできない」(3:11、口語訳)

2、「何ごとにも時がある」という一時一時を大切に生きて、自分の神のイメ−ジの経験を豊かにすることがここでは求められている。「神は生きて働き給う」という信仰が生きている。

3、「時」の理解。カイロスとクロノスという理解が聖書(特に新約聖書)にある。『岩波キリスト教辞典』で調べてみる。カイロスは「神によって配剤された、人間に決断的応答を要求する決定的時点」(大貫)。「神が介入する歴史的事件によって不断に刷新される不可逆な過程」(萩野)。クロノスは「通時的経過にみられる定量的時間の意味」(大貫)。時計で計れる時。

4、「コヘレトの言葉」は、人々の苦悩を見て賢者が神について、民衆の心から省察し、記述したもの。

 それぞれの時代にイスラエルの人々がどのように神をイメージして生きたかは、聖書を読む時の一つの視点になるであろう。例えば創世記2章は「その日、主(ヤハウェ)なる神が園の中を歩く音が聞こえた」(2:8)と記す。「歩く音」とは、何か人間的、日常的だ、という具合である。

5、神のイメージ(神との関係の捉え方)はその時の社会態勢や歴史、地理、文化、宗教などの条件によって変わってくる。ラテン・アメリカの「ベルボ聖書センタ−」の中ノ瀬重之(シゲ)神父は旧約聖書の神のイメージを整理して考える。

 (1)部族連合社会(B.C.1250-1030)。共同所有の土地での相互扶助時代(天幕での友愛の神)。 

 (2)王政(B.C.1030-579)。 統一王国の成立で王と神殿支配が始まり、土地が民から奪われ搾取が始まる。それへの抵抗が始まる。(預言者の神)。

 (3)補囚(B.C.597-538)。全能で遠い神(エゼキエル)、贖いの神(第二イザヤ)と神のイメージの二分化。 

 (4)補囚後(ペルシャ、ギリシャ帝国支配を神権政治が補完する)。農民の貧困層 (飢え、無宿、早死、奴隷状態)への急激な没落。全能の神(エル・シャダイ)は支配者の味方。その中でコヘレトは支配者の神(「因果応報」の神)の理念化を批判し、「神への畏れ」を説いた。

 神を「理念」から解放し、「生きる経験」の中での捉え直しを促した、これはコヘレトの大事な点である。

「補囚後の紀元538年以降、……神殿が再建されるとイスラエル共同体は神殿や律法、いけにえの儀式を中心に組織されます。神は次第に民から遠ざけられていきます。事実、支配階級のエリートたちは神のイメージを乱用し、民に畏れを抱かせて民を統制し搾取します。彼らは神の位置に自らを置き、いのちの神、歴史の主を畏れない傲慢な人々です。このような神のイメージの乱用に対して、コヘレトは神を畏れ、歴史と民の生活のなかに受肉した神を信じ、困難の中にある人々と連帯します」。(155頁)

5、しばしば神は宗教の制度、儀式、教義という枠の中に閉じ込められる。その枠を超えて、人間を人間たらしめる「聖なる方」「超越なる方」とのかかわりが「宗教性」である。「関係の神秘性」「霊的なるもの − 関係そのもの」は、制度(組織)・祭儀(儀式)・教義(大系)に埋没し勝ちである。現代に求められているのは、人間のあらゆる領域での「宗教性」ではないか。形骸化した「宗教」の「改革」「変革」「批判」は常に求められる。

 フィリピンで、売店の売り子に「売春」を強要する日本人観光客を見て「日本人には神はないのか」と店主が叫んだという話しに象徴されるように、日本人の「神、宗教、宗教性」は問われている。

次回:「働く者の眠りは快い − 生きるヒント・眠り」

「現代社会に生きる聖書の言葉」第6回、旧約聖書コヘレトの言葉から」(6)