初めから存在なさる方 – 神とは「関係性」である

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第67回「新約聖書 ヨハネ第一の手紙」④
ヨハネ第一の手紙 2章12節-17節

今日は、2013年10月23日分を扱います。予定されていたことができなくなったのは昨年10月17日、私がバイクで転倒し右足を骨折し36日間手術治療のため入院し、その後自宅で車椅子・松葉杖の生活から始めてリハビリをしていたからです。この問、教会の日曜の説教その他の仕事だけは、最低限のお役目を果たしました。が、初めに医師に言われたように全治3か月という期間がようやく終わり今週から、今まで担当していた幾つかのお役目も再開しました。ご関の皆様には、ご心配もいただき、大変ご迷惑をお掛けしました。お詫びを致します。怪我をするというのは人生ではマイナスの経験ですが、ヨハネ文書流にいえば、そのことも含めて、経験に呼応する「神の側の出来事」の先行に経験がつながる意味では、自分の経験を一方では相対化しつつ、他方では限り無く大切にしてゆくことをも学びました。

2 、さて、ヨハネ第一の手紙の特徴を今まで学んできたことを整理すると、①「知識より経験が大事」、②「罪とは(神との)関係の喪失」 ③「知ることではなくて行動すること」ということでした。

この手紙が「初めからあったもの」(1:1) という書き出しで始まるように、神の事柄は、事柄の順序としては、人間の認識や知識を超えるもので「関係そのもの」(真理契機)であって、第一義的な論議の対象ではないということです。問題は経験のなかに「その関係を如何に具体的に把握(体験、認識)するか」(体得契機)、そこはこちら側(人間の側)の問題であるから考えねばならばい、ということです。

具体的にテキス卜の言葉を引用すると以下はそのことを示しています。「愛する者たち、わたしたちは、今すでに神の子ですが、自分がどのようになるかはまだ示されていません」(3:2) 、「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました」(4:10)、 「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり神もその人の内にとどまってくださいます」(4:16)。 ここでは「真理契機」の優先性が語られています。しかしそれは「体得契機」の逆説的優先性を媒介しているがゆえのことなのです。

3.、今日の箇所ですが、12節から14節は年齢層の異なるグループに対する信仰者としての勧めです。

12 子たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、
  イエスの名によって
   あなたがたの罪が赦されているからである。
13 父たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、
  あなたがたが、初めから存在なさる方を
    知っているからである。
  若者たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは
  あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである。
14 子供たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは
  あなたがたが御父を知っているからである。
  父たちょ、わたしがあなたがたに書いているのは、
  あなたがたが、初めから存在なさる方を
    知っているからである。
  若者たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、
  あなたがたが強く、
  神の言葉があなたがたの内にいつもあり、
  あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである。
15 世も世にあるものも、愛してはいけません。
  世を愛する人がいれば、
  御父への愛はその人の内にありません。
16 なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、
  生活のおごりは、御父から出ないで、
  世から出るからです。
17 世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。
  しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます。

ヨハネの手紙第一 2章12節-17節

「子たち」「父たち」「若者たち」と使い分けられていますが、基本的に言っていることは同じです。大事なことは12節「あなた方の罪はゆるされている」、13節「あなたは、初めから存在する方を知っているからである」、14節 「あなたがたは御父を知っているからである」。生きることへの肯定があります。15節以下は、後代の挿入と言われています(聖書学者、例えばブルトマンの分析)。

4 、さて、今を生きるわれわれは、ここから何を学ぶのか。人はみな生かされているのだ、生きていてよいのだ、というメッセージを読み取ります。しかし、このメッセージを伝えるには、まず自分が、経験的にこの逆説を生きていることが前提になるでしょう。鬱病の青年を身近な関係に抱え込んでいたとします。死にたい、何もしたくない。精神科への不信がある。生の肯定に腹を括らないと付き合えません。ホームレス支援の第一人者奥田知志氏(『もう、ひとりにはさせない』いのちのことば社 2011)は「人が交われば(絆)、必ず傷つく。しかし、それを回避すれば、絆は生まれない」という。皆沢山重荷を負っているでしょう。しかし、生かされていきましょう。