コリントの底辺の人達(2012 コリント ②)

「現代社会に生きる聖書の言葉」
湘南とつかYMCA ”やさしく学ぶ聖書の集い”

第41回「新約聖書コリントの手紙とパウロ」②
コリントの信徒への手紙Ⅰ 1章26節-31節

1、コリントという街。中部ギリシャとペロポネソス半島をつなぐ地峡に位置した古代ギリシャの重要な商業都市。前7-6 世紀、前3世紀(ヘレニズム時代)、前1世紀(ローマ時代)には特に繁栄した。地勢上、商業、工業(真鍮、陶器)が発達した。当時の人口は60万人、内2/3は奴隷であった。前44年にユリウス・カエサルがローマの植民地として再興、前27年には皇帝アウグストがギリシャのマケドニアから分離させたアカヤ県の首都とし、総督の駐在地となった。パウロが訪れた時代はローマ人、ギリシャ、フェニキア、パレスチナ、エジプトからの植民が多くコスモポリタン的都市であった。パウロはここに来る前、神話と哲学の古い街アテネでの伝道に失敗した経験を抱いていた。アテネでは、ストア派やエピキュロス派の哲学者と論争しているが、復活についての言説については「あざわらい」にであい、ヘブライズムとヘレニスムの齟齬が背景にあって、彼はこの街での働きを自分の役割とは考えなかった。

2、コリントでは、最初に出会った人物は、アキラというユダヤ人、妻プリスキラ(イタリア人)夫婦で、ローマからの亡命者であった。ローマ皇帝クラウディウスがローマからユダヤ人を追放した事件の被害者であった。彼らは「天幕作り」 を職業としていたが、パウロも天幕作りで生計を立てていたので、いわば同業者であった。想像すれば、パウロがこの大きな都市のどこに居住をしたかは、自ずと手工業経営者、自営業者、労働者の住んでいるところであったであろう。言行録18章によれば、最初はユダヤ会堂を場にしての、ユダヤ人への「メシヤはイエス」というスタンスの伝道(18:5-6) であったが、ユダヤ人の抵抗に出会い、のちティティオ・ユトスという人の家に移り(18:7) 、その隣りの会堂で会堂長クリスポの好意で、ユダヤ会堂を場にしたが、クリスポが一家して「洗礼」を受けて「改宗」したので、そこが新しい「教会」の拠点になった。コリントⅠの1:26-31から推測すると、この街の上層部の住宅地ではなく、人口の多くを占めていた底辺層の人々に間にとどまったと考えられる。

3、都市には、周辺地域から仕事を求めて流れ込んで来る底辺労働者が多く、その受け皿には、その地域の手工業、零細企業者がなっていた。事業主はそれ自身、社会の最下層ではなかったが、最下層の労働者を抱え込んで問題を持っていたに違いない。商業都市の経済優先の「 お金」の価値観やローマの皇帝を神とする宗教的・政治的価値観にそのまま丸呑みされている人は別にして、時の社会の構造を支える価値観の問題性を内に抱えていた人は多かったと思われる。企業主自身が疑問を持っていたのであろう。まして、そこで働く、底辺労働者は個々人の尊厳などという考え方に接したことはなかった。そこにパウロが「イエスの十字架の死」という最も悲惨な出来事のうちに「神の力」が示されているという福音を宣べ伝えたことに、人は誰でも、神の前に等しいという価値観に接して、新しい生き方が始められた。これがコリントのパウロによる集会であった。動きの早い巡回伝道者が1年6か月(前回「腰を据えて」の行伝18:11) もここにとどまったことは驚くべきことであったと恩われる。私の想像では、零細企業の企業主が、価値観を労働者の搾取の方向に舵を切らないで、底辺労働者と一緒に共存してゆく価値観に舵をきったことが、パウロのこの街での伝道の受け皿となった。パウロの伝道への熱心さや努力は確かにあったが、受け皿としての、人間のつながり、いわば「共同社会」の素地があったからこそ「コリント教会」の成立がみられたのではないか。

4、コリントの手紙Ⅰの1:26以下の言葉、「あなた方が召された時のことを思い起こしなさい」には、階層的には、最下層の者も、いささか中産の者(企業者など)、またコスモポリタン的な都市で知的な役割を果たしていた知識層の人々も含まれていたと考えられる。しかし、人間的能力、家柄、知識、経済的無力、身分(奴隷層)などを相対化して、御付き合いができる価値観が、そこには樹立されていたのだと思う。パウロの働きは、一つの宗教観念集団(イデオロギー的一致の集団)ではなく、「神の前で誇ることがないようにするため」(1:29) という、自己相対化の視座を持った「御付き合い」の可能な、社会的集団の育成(教会形成)にあったのではないか、と恩われる。神、それはパウロにとっては「十字架の愚かさ」に逆説として示された「神」であった。「このキリストは、私たちにとって神の知恵となり」(1:30) がこれらの集団の価値観となった。現代の「教会」の在り方への示唆を汲みとりたい。

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