思考停止劇場

思考停止劇場

1995.12.4

 「新自由主義」の暴風が吹き荒れている。富裕層と貧困層の格差は激しく、勝ち組と負け組が鮮明である。その暴風の中で「小泉圧勝」が舞い上がった。舞台装置は流行語となった『小泉劇場』。「改革」という言葉で思考停止を強いるマインドコントロ−ルが演じられ「国民」は操られた。マスメディアの荷担は許せない。熱狂主義とも言える渦巻きが思考停止を加速した。

 顧みて、我がキリスト教界はどうか。果たして「思考」があるのか。「信条」「神学」というキャッチフレーズで思考停止をしていないか。
 「一緒に投げる」「神学する」という動詞の営みが忘れられている。そういえば「憐れむ」(スプランクニゾマイ)は福音書にみられるが、書簡ではすべて名詞形「憐れみ」が用いられている。

 行為・行動が思考を生む。
 「憲法」は守るものではない。実現するものだ。

 日本の瀬戸際に自ら『思考停止劇場』から脱出して「よく生き、よく死ぬために」思考をしてゆきたい。